妊娠・出産

【出産体験談1人目】初産は超難産で陣痛2日!お産のフルコース体験してきました。

更新日:

初産は大変だという話はよく耳にしますが、まさか自分がこんなに大変なお産になろうとは思ってもみませんでした。

私自身、出産前は自分がどんなお産になるのか想像出来なくて、人の出産体験談など読み漁りました。
なので、私の体験談がどなたかの参考になればと、ここに書き残しておくことにします。

安産や難産、本当に人それぞれなので、一つの参考として読んで頂けると幸いです。

私のお産のフルコースはざっとこんな感じ

陣痛2日間

夫不在の、まさかの急遽義母立ち合い

微弱陣痛のため促進剤

後方後頭位という回旋異常

急遽無痛分娩

胎児の心拍低下

新生児仮死

緊急帝王切開になり脊椎麻酔

吸引分娩

臍帯巻絡2周

会陰裂傷3度、肛門括約筋断裂

この通り、少しばかりハードな内容も含まれるので、出産を控える方はそれを踏まえてお読み下さい。

壮絶!私の難産体験談

出産の兆候はおしるしから

この頃、息子の推定体重は3,300g。
予定日を超えると恥骨も痛み、子宮口も3cm開いているとのことだったので、いつ産まれるか毎日ドキドキしていました。

予定日から遅れること5日目の夜、トイレに行くとティッシュに薄茶色の液体が。
勘違いかな?と思いつつ、トイレの度に少しずつ量が増えたので、おしるしだと確信。

念のため、しっかりとお風呂に入り、入院準備の確認をし、その日は早めに就寝。

陣痛始まる

午前4時

普通にぐっすり眠っていたが「ビッキーーーーーンッ!」と下腹部に走る強烈な痛みで飛び起きる。

ふたば
嘘!陣痛ってこんなに痛いの!?

一度目の陣痛があまりに痛くて、衝撃を受けたのを今でもはっきりと覚えています。

その後、横で眠っていた夫を起こして、陣痛アプリを開き待機。
二度目は10分後に来て、それからは7分だったり18分だったりと、間隔はかなりバラバラ。
こんなもんなのかと一応病院に連絡するも、初産で間隔もバラバラとなるとまだまだだろうと、自宅待機を命じられる。

夫不在で、義母到着

メモ

これがまたタイミングが悪いお話なのですが、私の出産期間中、夫は教員免許を取得するための研修期間だったのです。
普段のお仕事だと、陣痛中ついていてもらったり、出産に立ち会ったり、何かと融通が利きましたが、研修はそうともいきません。
出産であろうが、免許を取得するためには必ず必要な課程になるので、抜けたり休んだりすることが出来ず、それに加え普段のお仕事にも行かなければなりませんでした。

そして、私には実母がいないということもあって、義母の助けを借りることに。

ふたば
義母には気を使うから、1人で産んだ方が気楽!1人で産みたい!

と、事前に夫に相談していましたが

「命に関わることだから、1人にはどうしてもできない。
今回だけは、申し訳ないけれども、義母を頼ってくれ。」

そう懇願されたので、仕方なく義母を頼ることになったという経緯がありました。

お産に繋がるまでは、まだ時間がかかりそうだということで、義母に連絡し夫は研修へ。

一度目の激痛の陣痛以降は、重い生理痛くらいでまだまだ耐えることが出来たので、テレビを見たりスマホをしたりと、割と呑気に過ごす。

午前11時

電車とバスを乗り継ぎ1時間かけて義母、到着。

ふたば
今日の夜くらいには、産まれてるかな~?

義母とこんな会話をしたが、まさか陣痛が2日続き、あんなに壮絶な出産になろうとは想像もしていなかった。

午後8時

お昼頃から夜にかけて、陣痛の痛みがどんどん強まる。
重い生理痛×10倍な感じの痛み。
ガーンガーンと、とにかく腰が痛い。

陣痛の間隔は、4~8分と午前中よりは短くなっているものの、相変わらず間隔が一定にはならなかった。
しかし、さすがにしんどくなってきたので、もう一度病院へ連絡。

「う~ん。初産だしね~。
やっぱり陣痛が一定の間隔で来ないことには赤ちゃん産まれないから~。
それに、まだ全然普通に会話出来ちゃってるから、それだと全然まだですね。
もう少し様子見て、頑張って下さいね。」

心の中で絶望しながら、とにかく陣痛に耐える。

ようやく病院へ!

午後10

夫が研修と仕事を終え、帰宅。
この頃はもう陣痛がかなりきつくて、陣痛が来ている間は喋ることもできず、何かに掴まっていないと耐えられないレベルに。

ふたば
陣痛も4分くらいで、一定間隔になりました。
痛みも、もう我慢できません…

実際の陣痛は4~8分と、相変わらずバラバラだったが、もうさすがにこれはおかしいと、嘘をついて病院へ行く許可をもらった。

午後11

車内で陣痛に耐えながら、やっとのことで病院に到着。
和室のLDRに案内され、子宮口を診てもらうと5cmだった。

義母が出産に立ち会い、夫は帰宅というまさかの事態

タイミングがもし合えば、夫だけが立ち会う予定で、義母の立ち会いは全く持って考えていなかった。

しかし、自然と助産師さんに全員一緒にLDRに案内されてしまい、今さら「出て行って下さい」など、断れない状況に。
今にも痛みで我を忘れそうな状況で、こんな姿を義母に晒すなんて本当に嫌だと感じた。

一方で、タイミングが合えば立ち会うはずだった夫は「朝早いから…」と、まさかの帰宅。

陣痛はどんどん来るし、この分けの分からない状況に、怒りを通り越して

ふたば
もう何も関係ない!私は出産に集中する!

と一気に覚悟が決まった。母は強し、まさにそんな瞬間だった。

トイレで破水

午前4

夫が帰ってから、陣痛はさらに強くなっていく。
すでに、陣痛が始まってから24時間経過
全く寝ていないうえに、耐えまない陣痛。
この時点でもう体力の限界。駄目だ、死ぬと思いながら、ここからがさらに壮絶で長かった。

午前5

陣痛がさらに強まり、腰、お腹、お尻の穴が全て痛い!

ふたば
痛い!苦しい!お尻から何か出そう!
何か押し寄せてくるー!!!!!

急にイキみたい間隔が出てきて、尿意なのか便意なのか自分でも訳が分からず、とにかくトイレとベッドを行ったり来たり。
その行ったり来たりの間にも、どんどん陣痛は来るので、廊下で耐えたり、トイレで耐えたり。

イキみたい間隔がさらに強まって、イキまないでと言われても勝手に体がイキんでしまう。
それに、イキみたいのを我慢すると物凄く痛い。

そして、トイレに座りながらこっそりイキんでいると(←)

パンっ!!!!!!

大きな破裂音と共に、大量破水。
水風船を地面に落としたような音で、自分でもびっくりした。

地獄の7cm

破水ついでに、内診してもらうことに。
こんなに時間が経過しているし、痛みも強い。
助産師さんもそろそろかな~と診てみると、まさかの子宮口7cm。まだ7cm!?

午前6

7cmが続く、終わりが見えない7cm。
助産師さん曰く、子宮口7~8cmが一番しんどいとのこと。

しかも、心電図を取るために、ベッドで張りつけの状態になって、痛みを逃がせなくなり、とにかくお尻の下にテニスボールを置いて自分でグリグリとしてみたり、なんとか少しでも痛みがマシになるように試行錯誤した。

このときの陣痛が、この世の終わり、地獄の拷問かと思う程痛くて

ふたば
そこの窓から飛び降りたい!

本気で死が頭を過った程だった。

そして、汚い話になりますが...
あまりの痛みに痙攣し、何度も嘔吐し、尿も漏れ、おならも勝手に出てしまう。
泣き言もたくさん言ったし、ありとあらゆる恥ずかしい姿を義母に晒すという、辛い時間だった。

 

私は痛みで何度も気を失いながら、この7cmを8時間耐え抜いた。

赤ちゃんが回旋異常

午後1

あまりにもお産が進まないうえに、陣痛の間隔も一定にならない。
そこで初めて、先生が内診してくれることに。

「あれ?赤ちゃんのあごが上がってしまって、これが引っ掛かって下りてこれないんだわ。
こりゃ回旋異常だ。自然に向きが戻るのは五分五分くらいかな。
赤ちゃんの心拍も下がっていて良くないから、もしかすると帝王切開になるかも。」

ふたば
先生、もっと早く診て欲しかった~(泣)

説明を聞きながらも、陣痛はどんどん来るから、全然話が頭に入って来なかった。

無痛分娩に切り替える

相談の末、赤ちゃんの向きが自然に戻るまで、待ってみようという結論に。
私は体力の限界で、これ以上この痛みを何時間も耐えられないということで

ふたば
もう無理です!無痛分娩にしてください!!!!

無痛分娩は、硬膜外麻酔のカテーテルを背中から管を通すのが痛いと聞いていたけど、もうそんなことどうでもよくて、早く少しでも楽になりたいという気持ちでいっぱいだった。

実際、陣痛が痛すぎて、背中の管なんて1ミリも痛く感じなかった。

麻酔を入れてもらってからしばらくして、痛みがどんどんひいていき、やっとここで少し眠ることができた。

ふたば
無痛最強!本当にありがとうございます(涙)

だけど、麻酔が切れかけると、どんどん陣痛の痛みが戻ってくる。
麻酔が切れそうになるたびに、麻酔追加をお願いした。

※無痛分娩の詳しいお話はまた別の記事で紹介したいと思います。

午後3時

無痛分娩に切り替えて2時間。やっと子宮口が全開に。

促進剤を使う

午後7時

子宮口全開のまま4時間経過するも、赤ちゃんの向きは変わらず、下がってこられない状況だった。
それに加えて、陣痛が始まってから39時間経過。
赤ちゃんもしんどくなっている様子で、心拍がだんだんと弱くなっていく。

そこで、促進剤を使って一気にお産を進ませることに。

これで赤ちゃんが下がれば吸引分娩。
もし吸引してみて、赤ちゃんの心拍がさらに下がって危なくなるようだったら、緊急帝王切開。

先生も、助産師さんもとても緊迫した感じで話し合いをしていた。

「赤ちゃんもしんどいから!
ここまで来たらもう後戻り出来ない!それでやるしかない!」

いつも無口で冷静な先生が、すごく熱くなっていて、びっくりしたのを覚えている。

子宮口全開になって、促進剤を入れてからは痛みが強すぎて、無痛分娩でも苦しかった。
麻酔が切れかけた時には、腰とお腹をハンマーでゴーンゴーン!と叩かれているような痛みだった。

ふたば
もう何でもいい!何でもいいから、早く産まれてくれ~~~~~!

緊急帝王切開準備→脊椎麻酔

午後9時

赤ちゃんの向きは変わらないが、やっと子宮口のところまで下がってきてくれた。
そこでダッシュでオペ室に移動。

時間との戦いだったので、手術着も何もなし、本当にすっぽんぽんでその上にタオルをかけられて、手術台に乗せられた。
赤ちゃんの状態によっては、緊急帝王切開の可能性もあったので、無痛分娩の硬膜外麻酔とは別に、背中に脊椎麻酔を打たれる。

このときは、私自身考える間もなく、色んなことが一気に起きていて、なすがままという状態だった。

赤ちゃんは大丈夫なのか、帝王切開なんてどうなるのか、恐怖を感じてもいい状況だったにも関わらず、私は不思議と恐怖心は一切なく、とにかく無事に産まれてくれることだけを願っていた。

硬膜外麻酔をしてすぐに、お腹から下半身の感覚が全く無くなる。
そこで帝王切開の準備に入り、油性マジックでお腹にメスを入れる下書きの線を書かれた。

まずは吸引分娩。
これで出てこなければ、帝王切開に移行。

助産師さん2人が私のお腹に覆いかぶさる形で、すごい勢いでお腹をボンボンッ!と押してくる。

これが本当に凄い勢いで、お腹の中の赤ちゃんは大丈夫かと心配になるくらいの圧力だった。
しかも、麻酔で感覚がないので、なんだか気持ち悪い感じった。

そして、お腹を押しながらいきなりの「イキんでー!」コール。

ふたば
え?下半身の感覚が全くないので、力が入らないんですけど。

「イキむふりでいいから、やってみて!」

というこだったので、とりあえずイキんでいる感じを何となくやってみた。

それで大丈夫!とのことだったので、助産師さんの合図と共に何度もイキんだ。

「吸引かけるよ!もうすぐだからね!頑張れ!!頑張れ!!!」

周りにいた何人かの助産師さんに励まされ、最後にイキむと....

「おぎゃーっおぎゃーっ!」

午後10時

大きな産声と共に赤ちゃんが産まれた。推定体重よりも少し小さく3,100gだった。

何だか変な感じ、現実味の無い夢のよう。

その後、助産師さんが血まみれの赤ちゃんをささっとふいて、私の胸の上に置いてくれた。

感動と、あまりのしんどさ、終わったという嬉しさに大号泣してしまった。

自分で赤ちゃんを抱いて、初めて少し実感が湧いた。
でも中々言葉が出てこなくて、

ふたば
変な顔・・・

これが、初めて息子を見た私の一言だった(笑)

産後の処置で…

赤ちゃんも処置があるということで、助産師に預け、私は産後の処置をしてもらうことに。

脊椎麻酔が効いているので、全く痛くなかったが

「あ~会陰切開したのにな、子宮の中とお尻まで裂けちゃったね。
こりゃひどい。肛門括約筋も断裂しているから、縫合にちょっと時間かかるよ。」

ふたば
肛門括約筋が断裂!?
子宮の中やお尻まで裂けてるってどういうこと!?
それって治るの~!?

恐ろしいことに会陰裂傷3度という、中々大変な状態だった。

※肛門括約筋断裂の詳しいお話はまた別の記事でご紹介します。

呆然としていて記憶は曖昧だが、1~2時間縫合されていた気がする。

縫合されながら、先生から以下の話を聞いた。

微弱陣痛

最初から最後まで間隔がバラバラだった私の陣痛は、微弱陣痛が原因だった。
陣痛1日目、間隔が一定になるまで一日中家で待機させられたあれは何だったんだ~。
すぐに病院へ行って、促進剤を打ってもらっていれば、もうちょっと楽なお産になったのでは…と思うも後の祭り。

後方後頭位

出産が中々進まないとなったとき、内診とエコーから後方後頭位という回旋異常だったと伝えられた。
簡単に説明すると、通常はうつ伏せに産まれてくる赤ちゃんが仰向けになっている状態。

臍帯巻絡2周

産まれてから判明したことですが、どうやら首に臍帯が2周巻き付いていたんだとか。
後方後頭位の上、臍帯巻絡2周とこれが原因で赤ちゃんが中々下がらず、微弱陣痛だった。

胎児ジストレスから、一時新生児仮死状態

胎児ジストレスとは、様々な原因により、胎児の呼吸、循環機能に異常がみられる状態を言う。
私の場合、後方後頭位、臍帯巻絡2周により一時新生児仮死状態になってしまっていた。

出血量多量

通常は500ml程度ということだが、会陰裂傷が激しかったせいか私は1100mlだったらしい。
確かに手術台はスプラッターばりの血まみれだった。

縫合を受けながら、衝撃的な話を次々と聞かされて、さらに呆然となった。

麻酔のおかげで、産後の処置が何一つ痛くなかったのが唯一の救いだった。

「こんな難産、この病院を開いてから3人目くらいだよ。」

と、先生から難産のお墨付きまで頂き...

「あ!帝王切開用の線、油性マジックで書いてごめんね。
とうぶん消えないと思うけど、まぁ記念に(笑)」

先生にそう言われて初めて思い出した、この点線。
切っていないので、線だけ残ってなんだか間抜けな状態に。
退院しても、しばらくうっすら残っておりました(笑)

陣痛42時間!

午前4時に陣痛が始まり、産まれたのが次の日の午後10時で、なんと陣痛42時間でした!

ですが、1日自宅で陣痛を耐えていたということで、母子手帳の分娩所要時間は28時間

ふたば
よく頑張ったよ、私!

 

出産を終えて

不安もありながら、ちょっと楽しみでもあった自分の出産がまさかこれほどの難産だとは思ってもみませんでした。

ですが、辛かったぶん、息子に会えた瞬間の感動は本当に大きかった。
今まで味わったことのない幸福感に満たされたのを覚えています。

ずっとこの難産体験を記事に残したいと思いつつ、育児が忙しくて中々まとめることができませんでした。

ようやく、記事にすることができました。
ですが、書きたいことが多くて少し読みにくいかと思います。
掘り下げたい部分もたくさんあるので、それはまた別の記事で作成していきたいと思います。

読みにくい部分においては、少しずつ修正を入れていきたいと思います。

産後の入院中や、退院してからも色々なトラブルに見舞われたたので、それもまた別でご紹介します。

私の体験が、どなたかのお役に立てれば幸いです。

記事下ダブルレクタングル

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